7月4日、いいたてミュージアム勉強会を行いました。

いいたてミュージアムは、
飯舘村のみなさんから震災前後の村の暮らしなどをお聞きし、
お話しを象徴するような品を譲っていただき、
村のみなさんの言葉とモノにより、
飯舘村を伝えていこうとしています。
これまで行ってきた勉強会では、
さまざまな視点で、
飯舘村のこと、伝えるということ、ミュージアムという方法についてなどを
ゲストのお話しに学んできました。

今回のタイトルは「いまここに生きる~希望」。
飯舘村の菅野クニさん、新潟県山古志村の関静子さんから、
原発事故後5年、中越地震後10年の今、思ってらっしゃる
飯舘村に生きるということ、山古志村に生きるということ、
をお聞きしました。

飯舘村の菅野クニさん。
飯舘村が全村避難になった後、避難先から飯舘村に通い、
2012年に農園をはじめて、
産物の放射性物質の含有量の計測を丁寧に行ってこられました。
自ら行動し、情報を集めて、判断する。
本来、私たちが持っていた生きるための知恵や技を取り戻すことの必要性を
改めて感じるお話しでした。

山古志村の関さん。
優しい声のトーンで、飯舘を福島を気遣いながら
お話ししてくださいました。
山古志の人々を支えたのは、
伝統を復活させようという気持ちだったこと。
それは、鯉であり、闘牛であり、さまざまな文化であり。
また、10年という時間の中で、
震災前の村のこと、
震災のことを残し伝えていくことの大事さも教えて下さいました。

最後に総括してくださったのは、
法政大学の稲垣立男先生。
菅野さん、関さんの言葉を共有する場の重要性とともに、
ご自身がこれまで取り組んでこられた「ミュージアムプロジェクト」という作品から、
いいたてミュージアムへのエールも下さいました。

最後のディスカッションでは、
県内外から来場されたみなさんからご意見をいただけました。
飯舘村の方、同じく避難している富岡町の方、
東京からずっと支援してくださった方、
神戸から駆けつけてくださった方。
様々な立場のみなさんを繋ぐ場であること。
それも、いいたてミュージアムの役割なのかもしれません。

これからもいいたてミュージアムは、
少しづつではありますが、
地道に活動を続けていきます。
引き続きのご支援を
どうぞ宜しくお願い致します。

2015.07.07

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